私の決断  

私の決断 - 信念を貫く -

 私が「人びとが幸せに暮らせる社会を創れる人になろう」と、志したのは、10歳のときでした。

アジア・ヨーロッパの国々を親の仕事でまわった時のことです。貧しくて働かなくてはならず学校に行くことができない、私と同じぐらいの年頃の子ども達が、「お金ちょうだい。」と、すごい勢いで私のまわりを囲みました。食事をしている一人の女性が私のところにきて、「いま、食べているものを私達にもめぐんで下さい。私の小さい子ども達にあげたいの。」と、私のそばから離れませんでした。「世界では、何が起こっているのだろう?」「貧しい人達が、なぜたくさんいるのだろう?」「貧富の差を産み出しているものは、なんだろう?」10歳だった私は、子どもながらに数々の疑問を持ちました。そして、この世の中から、貧困であえぐ子ども達、女性を救うために、『社会を変えたい。』と、心から誓ったのです。

 それから、はや40年が過ぎました。NGO、NPO、政治活動を通じて、世界の仲間、日本の仲間と共に、暮らしの中で社会から置き去りにされている、苦しんでいる人達と共に生き、課題解決に取り組んできました。

 女性としても経験を積んできました。離婚を経験してシングルマザーでもある私は、3人の子どもを産み育てる中で、家事・子育て・介護と働くことの両立の難しさを痛切に体験してきました。女性が自らの生き方を選択することができる社会づくりができるのは、私だという自負があります。

2013年に参議院議員の候補者として岐阜市に参りましてから4年間、“政治は暮らしであり、人助けである”という私の政治哲学のもと、地元の皆さまと共に地域づくりに励んできました。そこから得た決断は、私の人生を岐阜市に捧げ、これからの『岐阜市50年の計』を築きたいという一念です。

 私の今までの12年間の国政での政治経験の全てと、13年間の国際社会非営利セクター経験の全てを懸けて、岐阜市を世界に、そして日本全国に誇る持続可能な成長都市とすることを使命とし、岐阜市のふるさと改革に取り組み、岐阜市で暮らす一人ひとりが輝くまちづくりに貢献し、この行動が岐阜市民のみなさまの幸せの一助となれば幸いです。

吉田りえ